チベット医学では、全ての生き物は生まれながらにして病んでいると説く。病気はうつろいやすい肉体の中にすでに潜在する。つまり病んでいることこそ人間存在の根幹のありよう、生すなわち病なのだ。
(Reblogged from henachoko)
僕の記憶する小学校では問題が起きたら「問題解決は誰かが謝らないと終わらない」ものだった
これを「普通」として教えられた子供たちが大人になったら
「社会的な事件が起きたら誰かが謝る絵が無くてはいけない。誰でもいいから謝れ」
って思うわな。そして「とにかく謝る記者会見」だけが増える
(Reblogged from katoyuu)
(Reblogged from toufu)
デザイナーが生み出すのが「解決策(答え)」であるのに対し、アーティストが生み出すのは「問いかけ」である
(Reblogged from katoyuu)
(Reblogged from toufu)
でも私たちは知ってるはずなんですよね。人間というのは仕事であれ趣味であれ、没頭できて能力を開発できる時間というのは限られていて、たとえ政策に詳しくなくとも車の売り方には熟達しているとか、魚の鮮度は見極められるとか、各々が職業人として、あるいは家庭人としての知識にフォーカスして生きている。そういう生活に神経を集中して暮らしているのが大多数の国民、有権者なのであって、永田町の論理であるとか、政策の良し悪しのところは興味本位であっても100%の理解に基づいた投票での審判などできないわけですよ。
(Reblogged from kotoripiyopiyo)

また日本の子育ては外国人の目にも大変立派に映ったようである。1 6世紀には西洋から多数の宣教師が日本を訪れるようになったが、例えばポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは驚きを持って以下のように本国に報告している。
 「ヨーロッパでは子供を叩くのが慣わしになっているが、日本ではそんなことはめったに起こらない。子供を育てるに当たって、決して懲罰を加えず、言葉を持って戒め、6、7歳の子供に対しても70歳の大人に対するように、真面目に話して叱る」

その当時のヨーロッパでは子供を叩くのは当たり前で、子供と対等に話をすることなど考えられなかった。我々は何でも西洋の方が進んでいると考えがちであるが、この例が示すように逆の場合もある。更にそれから100年経つと、フランスの宣教師ジャン・クラセは
 「日本国でもっとも善良なるものは青少年の養育にて、あえて外国人のおよぶところにあらず。」
とまで書いている。

(Reblogged from golorih)
本当の愛は、相手の欲を落とさせること。 嘘の愛は、相手の欲を満たすこと。
(Reblogged from golorih)
「彼氏に太ってるって言われたから……」と、エステ代を借金して、借金返済に彼氏に内緒でAV女優デビューして、見事にバレて振られてメンヘラになって、ホスト狂いしている知人や、メディアにたまに出てくる「扇風機おばさん」を見てると、乙女心をこじらせるとイロイロ大変なことになるようなので気をつけたい……と激しく思います。所詮、自己投資は自己満足であって、自分の評価は人に決められるものではなく、自分を認めるも認めないも自分自身ですからね。
(Reblogged from gkojay)
「幸せ(happiness)」の語源はアイスランド語の「ハップ(happ)」で、その意味は「運」または「偶然」です。
(Reblogged from gkojay)